2019~2020年?くらいから作りたいと思い続けている(だけで実質なにも作業が進んでいない)ゲーム「後輩の一瀬くん」のボツシナリオの一部を紹介します。
ざっくりとした説明
今後制作予定のゲーム「後輩の一瀬くん」のメインストーリーを大まかに説明すると
1.一瀬(中3)がまいちゃん(高1)に一目惚れ2.一瀬がまいちゃんに近づくために同じ高校に入学&同じ部活に入部、なんだかんだで親密に3.一瀬が告白できないうちにまいちゃんは高校を卒業4.同じ高校という安心感を失ったことで若干一瀬(高3)のメンタルが怪しくなるも、最終的には一瀬もまいちゃんと同じ大学に進学できることが決まる5.一瀬が大学に入学する前の春休み、一瀬がまいちゃんに(改めて)告白&交際スタート
…という、わりとハッピーエンドな感じ。
なのですが、ストーリーを考え中だった最初の頃は「選択肢でエンディングが分岐するような構成のゲーム」を想定していたため、一応バッドエンド的なものも考えていました。
というわけで、今となっては(「後輩の一瀬くん」にバッドエンドというものが存在しなくなったので)使いどころがなくなったバッドエンド用のシナリオをここに載せておこうと思います。
一応、注意事項
シナリオは全て主人公(まいちゃん)目線です。これを書いた当時は主人公の人格を今よりももっと無個性っぽい感じにしていたので、主人公のテンションや2人の間の雰囲気に若干の違和感があるかもしれません。
①通常のバッドエンド
エンディングの説明
ゲーム全体を通して、一瀬と付き合うことに対して消極的な選択肢ばかりを選んでいた場合に進むエンディング。ごく一般的なバッドエンド。
1年目(一瀬高1&まいちゃん高2)の夏休み、2人で夏祭りに行ったところで一瀬から告白されて、それを断った後のシーン。
シナリオ
返事は今じゃなくていいと一瀬くんは言ってくれたけど、私の答えは決まっていた。
一瀬くんは大事な友達だけど、恋愛対象として見たことはないし、たぶんこれからも一瀬くんが望むような関係にはなれない……。
ここで曖昧な返事をしても良くないし、ハッキリ断ろう。
「先輩、お待たせしました」
そんなことを考えていたら、一瀬くんがラムネ瓶を2本持って戻ってきた。
「ラムネって、いかにもお祭りって感じですよね」
一瀬くんが幸せそうに笑っている。
私も笑顔を返そうと思ったけれど、これから自分が伝えなければいけないことを考えるとなかなかうまく笑えない。
やっぱり、言いづらいけど早く返事をしてしまおう。
なるべくいつも通りに話すように気をつけながら、私は一瀬くんの告白を断った。
「……そうですか。残念ですけど、僕の気持ち聞いてもらえてよかったです」
日が暮れてきたせいか、あたりがうす暗い。
だから今、一瀬くんがどんな表情をしているのか分からなかった。でも、案外穏やかな声でそう言われて少し安心する。
「僕が言うのは変かもしれないですけど、あんまり今日のことは気にしないでくださいね。これが原因で先輩との関係が気まずくなるのは僕も嫌なので……」
自分がいちばん辛いだろうに、そんな様子は全く見せずに優しい言葉をかけてくれるから少し心が痛む。
でも、私も一瀬くんとはこれからも友達として、上手くやっていけたらいいなと思う。
「あ――そうだ。これ。せっかく買ってきたので、ぬるくなっちゃう前にどうぞ。蓋は開けときましたから」
一瀬くんにお礼を言って、ラムネの瓶を受け取る。
ちょうど花火が打ち上がり始めたところだったけど、なんとなくお互い気まずい気持ちがあったのかもしれない。私も一瀬くんもラムネをさっさと飲み干して、今日はもう帰ろうということになった。
◆◆◆
花火の音を遠くに聞きながら、2人で夜道を歩く。
平気だと言ったのに、心配だからと一瀬くんが家まで送ってくれることになったけど。
(やっぱり一人で帰ればよかった……)
隣を歩く一瀬くんは、いつも通りに見える。
だけどやっぱり口数は少ない、というか全くない。もちろん私のほうも、こんなときに何を話したらいいのかなんて全然わからなくて。ひたすら無言で歩いていると、帰り道がいつもよりもずっと長く感じてしまう。
一瀬くんには申し訳ないけど、今日だけは一人で帰りたかったかも。
「……わ」
そんなことを考えていたら突然視界がぐにゃりと歪んで、危うく転びそうになった。
「先輩? 大丈夫ですか?」
「ご、ごめんね。大丈夫、ありがとう……」
一瀬くんが腕で支えてくれたからなんとか助かったけど。体勢を立て直そうとしても、なぜか上手くいかない。
なんだかさっきからとても体が重くて。早くちゃんと立たなきゃ、ちゃんと歩かなきゃと思うのに、一瀬くんに体重を預けたまま動けない──。
◆◆◆
(……?)
目が覚めたら、知らない天井が見えた。どうやら今まで私はベッドの上で眠っていたらしい。
それにしてもずいぶん長い間眠っていたような気がする。眠りすぎたせいか頭がボーっとしているし。
「気がつきましたか?」
しばらくそのまま天井をぼんやりと眺めていたら、一瀬くんが顔を覗き込んできた。
「大丈夫ですか? 気分が悪いとか……どこか痛いところとか、ありませんか?」
そう言う一瀬くんの顔はとても心配そうで。私も早く何か答えなければと思うけど、寝起きの頭では混乱してしまってまともに返事ができない。
「あの……。私、どうなったんだっけ」
とりあえず現状を把握したくてそう尋ねたら、一瀬くんは驚いたような顔をして一瞬固まった。
「お、覚えてないんですか?」
「……えっと。お祭り……に行ったのは覚えてる、……けど」
お祭りのことを思い出したら、ついでに自分が一瀬くんの告白を断った記憶まで蘇ってきた。そのことには触れないように気を付けながら、なるべく気にしていないふうを装って答える。
「まあ、覚えてないならどうでもいいじゃないですか。先輩が元気ならそれで。ね?」
「え、え?」
一瀬くんは結局私の質問には答えてくれず、そんな適当な言葉で済まされてしまった。
ね? じゃないし全然どうでもよくはない。けど、今のこのぼんやりした頭ではこれ以上難しい話を理解できる気もしない。
そういえば、ここはどこなんだろう。
遅くなる前に家に帰らないと。そう呟いたら、一瀬くんが困ったように首をかしげる。
「帰っちゃだめですよ。先輩がちゃんと大人しくしてくれるなら、そのうちある程度は自由に行動させてあげますからね」
「ん?」
「そりゃあ僕だって、本当は先輩をずっとここに閉じ込めておきたいですよ? でもまだ高校生ですからね。面倒なことになるのは嫌だし、ちゃんとした同棲は卒業してからで──」
閉じ込める? 同棲? 話の意味が全然つかめなくて混乱する。さっきから一瀬くんは何の話をしているんだろう。
「ふふ、そんなに警戒しないでくださいよ。もしかしてこの部屋が気に入りませんでしたか? けっこう掃除とかも頑張ったほうなんですけど」
「……?」
「うーん、やっぱり殺風景すぎるんですかね。でも余計なものを置いても邪魔なだけだしなぁ……」
私がろくに返事をしないからか、一瀬くんはいつまでも一人で喋り続けている。だけど特にそれを気にする様子はなくて、むしろその声はどこか弾んでいて嬉しそう。
話している内容的に、ここは一瀬くんの家なのかも。部屋の中の様子が気になって、軽く頭を持ち上げた。
「……っ」
「先輩? 大丈夫ですか?」
体を起こそうとしたところで後頭部に鈍い痛みを感じて思わず顔をしかめると、私の異変に気がついたらしく、一瀬くんが慌てたように声をかけてくれた。
「頭痛? ああ、それなら薬の副作用かな。辛いでしょうけど、今だけのはずなので我慢してくださいね」
私に布団を掛け直してくれながら、何でもないような顔で一瀬くんが言う。
(薬……?)
突如現れた不穏な単語に、自分の体が強張るのがわかる。
「あ、大丈夫ですよ。薬と言っても、怪しいものじゃないです。ただの睡眠薬ですから」
怖くないですからね、なんて言いながらポンポンと頭を撫でてくる一瀬くん。私を安心させようとしているみたいだけど、こんなことをされて簡単に受け入れられるわけがない。
そもそも、薬を盛るとかって普通に犯罪なんじゃないの?
「別に、変なことはしてませんよ。先輩が嫌がることは僕だってあまりしたくないんです」
「もう十分、してると思うけど」
「……もっと、その。先輩を泣かせたり傷つけたり──とか、そういうことをしなかったって意味です。体にも必要以上に触ってないですし」
私がなかなか納得した様子を見せないことに焦ったのか、一瀬くんがさっきよりは多少申し訳なさそうな顔をした。
だけど実際に反省している感じは全くない。むしろどちらかと言えば、わがままを言う子どもをたしなめるみたいな態度だ。まるで私が悪いとでも言いたげな一瀬くんの言動にはさすがに少し腹が立ってくる。反抗のつもりで軽く睨みつけたら、一瀬くんは怯えたような顔をして慌てて口をつぐんだ。
「……そりゃあ僕だって、できればちゃんと両想いになりたかったですけど。だから告白したんだし」
しばらくそうしていると、また一瀬くんが話し始める。
「でも、先輩にとって僕はただの後輩ですもんね。それ以上の関係にはなれないって……先輩そう言いましたから」
ぽつりぽつりと呟く一瀬くんの話を聞いていたら、急に声が震えたように聞こえて。不思議に思った次の瞬間、耳元でぱたぱたと、シーツが水滴を弾く音がした。
ああ──一瀬くん、泣いてるんだ。
泣いているところをじろじろと見るのは良くない気がして、なんとなく一瀬くんから目を逸らす。
「本当は気づいてました。先輩は僕のこと、そういう意味で好きなわけじゃないって。それなのに僕、どうしても先輩のこと諦められなくて」
私が背を向けたことが不満だったのか、泣き声が少し大きくなった。
それでも泣き止もうとして息を殺そうとしているようだけど、なかなか上手くいかないようで。呼吸音は不自然だし、むしろ余計に苦しそうに聞こえる。
(……)
いきなりこんなことをされて、普通だったらもっと一瀬くんに対して嫌悪感を抱いても不思議じゃない状況なのに、不思議とそういう気持ちは湧いてこない。むしろ今、泣いている一瀬くんを無視していることに少し罪悪感まで覚えてしまう。
一瀬くんからは、私を痛めつけようとかそういう意図が見えないからかな。もちろんかなり自分勝手だなとは思うけど。それでも一応、私のことを大事にしてくれようとしてるのはなんとなく伝わってくるし。そのせいで、どうしても嫌いになれないっていうか。
「わかってます、こんな風に無理やり一緒になっても意味ないって。でも僕、怖かったから」
「……」
「いつか飽きられちゃうのかな、先輩が僕の知らないところに行っちゃうのかな、とかそんなことばっかり考えて……」
「……」
「先輩と離れるのが怖い。先輩が傍にいないのがどうしても耐えられない。もうダメなんです、僕」
「……そっか」
後ろに聞こえる嗚咽の合間に、ごめんなさいと呟く声を聞き逃さなかった。一瀬くんからの初めての、心のこもった謝罪。
さっきまでの私は、断りもなく人を家に連れ込んでおいてその態度はないんじゃない? なんて、文句の一つでも言おうと思っていたのに。一瀬くんの言葉を聞いているうちに、いつの間にかそんな気持ちはどこかへ行ってしまった。
ようやく一瀬くんが本当の気持ちを教えてくれているんだから、私ももう少しちゃんと向き合ってみようかな。そう思って、改めて一瀬くんのほうを振り向く。
「僕、先輩と一緒にいる時だけは本当に安心できるんですよ。先輩じゃないとだめなんです……」
一瀬くんの顔は泣きすぎてもうぐちゃぐちゃになっていた。そう思っている間にも涙の粒が次から次へと落ちていくから、見ているとなんだか可哀想な気持ちにすらなってしまって。
涙を拭ってあげようかと伸ばした右手は、顔に触れる前に、一瀬くんの両手に包まれた。
(手、繋ぎたかったのかな?)
しっかりと形を確かめるように私の手を握りしめる一瀬くん。
「……ごめんなさい。先輩のこと、好きになってごめんなさい」
なんて言葉をかけたらいいのかわからなかった。
だけど。
「僕……先輩のためなら何でもします。嫌なところは全部直すし、先輩に好きになってもらえるように頑張ります。頑張るから……」
「……」
「僕のこと、好きじゃなくてもいいですから。僕と、……付き合ってください」
一瀬くんが、訴えかけるような瞳で見つめてくるものだから。
私はそれに、小さくうなずくことしかできなかった。
【END ごめんね、一瀬くん】
②特殊バッドエンド
エンディングの説明
ゲーム全体を通して一瀬の好感度をかなり上げておいて、最後の告白だけ断った場合に進むエンディング。
2年目(一瀬高2&まいちゃん高3)の夏頃に一瀬から告白されて、それをメッセージアプリで断った後のシーン。
※さんざん好感度を上げ続けてから最後の告白だけメッセージアプリで雑に断る…という条件で到達するエンディングなので、ある意味主人公側にも非がある感じ。
シナリオ
もちろん一瀬くんのことは嫌いじゃないけど、ときどき重すぎる時があるというか。そういうところがちょっとだけ苦手だ。
友達としては好きでも、ここで中途半端に期待させても可哀想だし。きっとこれでよかったんだよね。
(出かける気分でもないし、今日は家でゆっくりしようかな……)
◆◆◆
「せんぱ……起き……」
(……?)
ソファでくつろいでいたら、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。
「あ……目、覚めましたか? ダメですよ、こんなところで寝ちゃ。風邪ひいちゃう」
──でも。
「どうして一瀬くんが家に……?」
「ふふ、どうしてでしょう」
そう。
いま私の目の前には、なぜか一瀬くんがいる。
どうして? 玄関の鍵はちゃんとかけておいたはずなのに。
「先輩のお部屋って、想像通りとっても可愛らしいですね。お部屋に入るのは初めてだったから、ちょっと緊張しちゃいました」
部屋の中を見回しながら、うっとりとしたような顔で一瀬くんが言う。
「なんで? どうやって……来たの……?」
「え。どうやって、って。普通に合鍵ですけど」
そう言いながら、一瀬くんがポケットから鍵を取り出した。
もちろん私はそんなものを渡した覚えはない。
「やだなあ先輩、まだ寝ぼけてるんですか? 恋人なんだから合鍵くらい持ってても何もおかしくないでしょう?」
やれやれ、とでも言うようにわざとらしくため息を吐く一瀬くん。
「え、いや。ちょっと待ってよ」
「なんですか?」
「恋人……じゃないよね。私たち」
一瀬くんの言っている意味がわからなくて、なんだかとんでもない勘違いをされている気がして。自分の認識が間違っていないことを確認したくて、慌てて口を開いた。
「……先輩、その冗談はさすがに笑えないですよ?」
一瞬、一瀬くんがすごく冷たい目をした気がした。
「え、冗談じゃなくて」
「ふふ、そんなに恥ずかしがらなくてもいいのに」
全然聞き入れてもらえる様子がないので、だんだん、もしかして本当に私が間違っているのかな? なんて思えてきてしまう。
でもやっぱり、私は確かに一瀬くんの告白を断った記憶がある。夢じゃない、はず。
「……先輩」
私が一人でうんうん悩んでいると、一瀬くんがさっきまでとは違う穏やかな声で呼びかけてきた。
「もう隠さないでくださいよ。全部わかってるんですから」
「ん? 隠すって……なにを?」
「知ってるんですよ。先輩、本当は僕のこと、ずっと前から好きでいてくれたんですよね」
もしかしてやっとまともに会話をしてくれるのかな、なんて内心ほっとしながら耳を傾けたのに、その後に続く言葉はやっぱり意味不明なものだった。
「だってそうでしょう? 先輩、いつも僕に思わせぶりなことばっかり言ってたじゃないですか。でも今思えば、あれは先輩なりの愛情表現だったんですね」
そうやって、何かを懐かしむみたいに一瀬くんは言う。だけどもちろん、そんな出来事は私の記憶の中には存在しない。
「僕、今までそれに全然気づいてなくて。先輩のことを誰よりも見ていたくせに、こんな簡単なことにも気づけないなんて……」
普段から一瀬くんは何を考えているのかわからないことが多いけど、今日は特にそう。話が通じる気がしないから、私もとりあえずは黙って聞くだけにする。
「今日だって、せっかく勇気を出して告白したのに断られて……実はかなりショックだったんですよ」
まあさっきまでの話ですけどね、とよくわからない補足をしながら、一瀬くんが私の頭をポンポンと撫でてきた。
こういうことをされると、知らないうちに自分が一瀬くんの所有物にされたみたいな気がして不安になってくる。やめてほしくて頭に伸びてくる手をそれとなく避けたら、「照れなくてもいいのに」と少し不満そうにされた。
「僕、やっと気づけました。先輩は僕を試していたんですよね。だからわざと突き放すようなことを言って、僕の気持ちを確かめようとしたんですよね」
「なんのこと……?」
「ふふ、また照れ隠しですか? 先輩って素直じゃないですよね。……でもそんなところも可愛い」
私って、一瀬くんからはどんなふうに見えてるんだろう。一瀬くんの想像の中の私は、現実の私よりも一瀬くんのことが好きみたいだけど。
今までけっこう長いこと一緒にいた気がするけど、もしかしたら一瀬くんはずっと、自分で想像した私の姿を見ていたのかな。本当の私を見ていてくれたわけじゃなかったのかな。そう思うと少し寂しくなった。
「もう……、そんなに見つめられたら恥ずかしいじゃないですか」
「!?」
ぼーっと考えていたら、いきなり一瀬くんに抱きしめられた。
あまりに突然のことだったのでろくに抵抗もできず、かなり変な体勢で抱きしめられてしまっている。体勢のせいなのか、一瀬くんの力加減がおかしいのか、わからないけど少し体が痛い。
でも一瀬くんは完全に自分一人の世界に入ってしまっているようで、気づいてもらえる気配はなさそうだった。
「僕だってずっと前から先輩のこと好きだったんですよ。僕のせいで遅くなっちゃったけど、これでやっと先輩と一緒になれるんですね。ふふ、大好き」
感情が高ぶりすぎているのか、私を抱きしめる力がどんどん強くなっている。だけど、抵抗しようとしても余計に力を込められてしまうばかりで全く意味がない。いくら年下とはいえ、力では絶対に敵わないのだと思い知らされた気がした。
今まで全然気がつかなかったけど、身長が伸びないと悩んでいたわりには、体だって私に比べたら十分大きいし。
「好きです、先輩。好き。先輩以外何もいらない。僕の本気、伝わりましたよね」
いま抵抗しようとしても無駄だと悟って大人しく体の力を抜いたら、一瀬くんはそれを都合よく解釈したらしい。
先輩も嬉しいんですね、なんて言いながら、私の頬に唇を押し当ててきた。
何度も、何度も。
(このまま私、一瀬くんの彼女ってことにされちゃうのかな……)
もういっそ、それでもいいのかもしれない。
なんだか全部、面倒だなと思えてきた。これ以上説明するのも、考えるのも、拒絶するのも。全部。これも寝起きで頭がぼーっとしているせいなのかな? いや、ただ単に私が面倒くさがっているだけ?
一瀬くんと付き合いたいと思ったことは正直一度もないし、これからもきっとない。だけど別に、生理的に嫌いとか、顔も見たくないとか、そういうことでもない。
一緒にいると楽しいけど、一緒にいすぎると疲れる。私にとっての一瀬くんはいつもそんな感じ。
私がされるがままになっているのをいいことに、さっきから一瀬くんは私の頬に吸い付いたり舐めたりと、かなり好き放題やっている。
不思議と気持ち悪いとは思わなかった。あとでちゃんと洗おうとは思うけど。なんかもう、どうでも良かった。どうせまともに話し合えるわけでもないし。
「……い、嫌がらないってことは、その。やっぱり先輩も……同じ気持ちなんですよね?」
「……?」
「僕のこと欲しいって思ってくれてる? ……僕にこういうことされるの嫌じゃない? 嬉しいですか?」
いま自分の身に起きていることをあまり考えないようにしていたから、突然そんなことを聞かれてもすぐには理解が追いつかなかった。
そういえば頬への感触がなくなっていることに気づいて、耳元でハアハアと聞こえる荒い呼吸音に意識が向く。耳にかかる吐息がやけに熱く感じて思わず目を閉じた。
(そう……なの? 本当は私、一瀬くんのこと……心の底では好きだったりする?)
そう思って、もう一度よく考えてみる。
だけど、やっぱりそういう意味で好きにはならないかなぁと再確認しただけだった。どう頑張っても、一瀬くん相手に自分がドキドキできる気がしない。そんな状況、全く想像がつかない。
結論が出たところでゆっくり目を開いてみると、頬へのキスにはもう満足したのか、今度は私の顔を真正面から見つめている一瀬くんと目が合った。
ときおり私の口元に注がれるその視線は、どこか熱っぽくて。一瀬くんがこれから私に何をしようとしているのかは簡単に想像ができる。
「ね、ねえ。先輩も……僕のこと、好き? なんですよね?」
ね、ね? と何度も聞いてくる一瀬くんに、「んー」と適当な返事をする。否定する気はなかったけど、この状況で肯定するのもなんだか嫌だった。一瀬くんってすぐ調子に乗るから。
私がちょっと優しくするだけで大げさなくらい喜んでくれて、最初はいい子だなって思ったし、嬉しかったけど。そのうちそれを当然のものとして求められるようになって、だんだん重たいなって感じるようになって。
一瀬くんがたくさんプレゼントをくれること、面倒な仕事を代わりにやってくれること、まるでお姫様みたいな扱いをしてくれること。いつからか、そういうのも全部、何か見返りを期待されている気がして素直に喜べなくなった。
一瀬くんが何のために私にここまでしてくれるのかわからないことが、実はずっと不安だった。今になってやっとその目的がわかったけど、私はそれに応えられるのかな。正直、自信がない。
「先輩好き。すき。お願い……せんぱい」
うわ言のように呟くのは、どこか甘えたような、切なげな、なんだか変な声。不快感があるわけではないけど、自分のよく知っている友人のこんな姿を見るというのがなんだか気まずくて、心が少しざわざわする。
一瀬くんは本当に私のことをそういう目で見ていたんだなと、どこか他人事のように思ったりして自分の意識を紛らわせた。
「ああ、かわいい……可愛いな……。僕の先輩……」
そろそろ限界なのか、一瀬くんはかなり露骨に私の体を撫で回してくる。ときどき服の中に指先が入ってくるのは……ちらちらと私の顔を見て反応をうかがってくるところを見るに、たぶんわざとやっているんだろうな。
ここまでのことはするくせに、一応最後は私の許可を待ってくれるのが一瀬くんらしいというか、なんというか。
──まあでも、一瀬くんならいいかなぁ。
「……いいんですか?」
この短い時間で考えたことだけど。
一瀬くんならきっと、普通に優しくしてくれるし、大事にしてくれると思うし。とりあえず不幸になることはないだろうと思う。
楽しいかどうかは別として、だけど。
「本当に? いいですか? 先輩の全部もらっても?」
ここで受け入れたら、きっと文字通り私の全部をあげなきゃいけなくなるんだろうなと思うと、本当は少し怖い。でも、今さら断ったところで一瀬くんが簡単に諦めてくれるとも思えない。むしろもっとエスカレートするかもしれないし。ああ、でも、そもそもちゃんと話を聞いてくれるのかどうかすら怪しいんだった。
もしかして、最初からなかったのかな。私に選択肢なんて。
だからもう別に。一瀬くんでも、別に。
「──いいよ、」
私の返事は、最後まで言い終わる前に唇で塞がれた。
【END 恋人(?)の一瀬くん】
終わり
最初はボツシナリオをそのまま貼り付けようと思ったのですが、同じ言葉を使いすぎている箇所とかもそこそこあったので、ある程度そのあたりは修正して載せました。展開は変えていないので、そこは当時考えていたものそのままです。
文章の技術的な面は自分で書いたのでこれ以上どうしようもないですけど、読みながら自分では結構萌えました。バッドエンドifみたいな感じでいろいろ派生して考えたくなるくらいには気に入っています。
どっちのバッドエンドでも頭ポンポンするんかい、と思いました。
ここまで読んでくださった方、長いのにお付き合いいただいてありがとうございました。
少しでも楽しんでいただけていたら嬉しいです。
もし気に入ったシーンや一瀬へのツッコミどころを見つけたらぜひ教えてくださいね。